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東京地方裁判所 昭和30年(行)9号 判決

原告 松本孝一

被告 国

訴訟代理人 家弓吉巳 外一名

主文

原告が、日本国籍を有しないことを確定する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求める旨申立て、その請求の原因として、原告は大正十四年一月七日アメリカ合衆国カリフオルニヤ州プロリーに於て日本人たる父松本高一母同スマの間に生れ、当時日本国籍留保の届出をしなかつたので日本国籍を喪失し、米国単独国籍のみを有することになつた。その後原告は昭和十六年十一月十七日父母の所要のため父母と共に日本に渡来し、父母の故郷山口県柳井市に仮寓しているうち、太平洋戦争勃発のため渡米できなくなつた。そこで原告は帰米迄の間日本語を勉強するため母と二人で広島市に出、同市内にある日語講習の学校に入り、その後昭和十八年外務省所管の「へえし館」(広島市所在の二世のための学校)に入学手続をしたところ意外にも既に原告名義で昭和十七年一月二十七日原告の国籍回復許可申請がなされ、これに基いて同年三月三日内務大臣より国籍回復の許可があり、原告は日本国籍を回復したものとして戸籍簿に記載され爾来日本国籍を有するものと取扱われている。

然しながら右国籍回復許可申請は原告の父高一により原告に無断でなされたもので、全く原告不知の間になされたのであるから当然無効である。従つて右申請に基く内務大臣の許可もまたその前提を欠きその効を生じないことが明かであるから原告は日本国籍をもたないのでその確認を求めるため本訴に及んだと述べ、立証として証人松本マスの証言及び原告本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の成立を否認し、乙第二号証は柳井町長作成部分の成立を認め、その他の部分を否認し、乙第三乃至第五号証の成立を認めると述べた。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁書として原告主張事実中原告がその主張の日時場所において日本人たる父松本高一母同スマの間に生れ、日本国籍を留保する意思を表示しなかつたのでこれを喪失し、米国籍のみとなつたこと、然してその後原告主張の日に原告名義で国籍回復の申請がなされ、これに基いて昭和十七年三月三日内務大臣からその許可があり、原告が日本国籍を回復したものとして戸籍簿に記載され、爾来日本国籍を有するものと取扱われていることは認めるが、訴外松本高一が原告に無断で国籍回復申請をしたことは否認する。その余の事実は不知と述べ、立証として乙第一乃至第五号証を提出した。

理由

原告が大正十四年一月七日その主張の場所において孰れも日本人たる父松本高一母同スマの間に生れ、当時日本国籍を留保する意思を表示しなかつたのでこれを喪失し、米国籍のみとなつたこと、然るにその後昭和十七年一月二十七日付をもつて原告名義で原告の国籍回復許可申請がなされ、これに基いて同年三月三日内務大臣より国籍回復の許可があり、原告は日本国籍を回復したものとして戸籍簿に記載され爾来日本国籍を有するものと取扱われていることは当事者間に争がない。

そこで国籍回復許可の基となつた回復許可申請が原告の意思に基かないで行われたものであるかどうかについて考えるに、証人松本スマの証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和十六年十一月十四日父母と共に日本に渡来し父母の故郷広島県柳井市(当時柳井町)に仮寓したが、間もなく太平洋戦争が勃発して帰米できなくなつたので原告は母スマに連れられて帰米迄の間日本語を勉強させられるため父と別居して広島に出、山陽中学において日本語等を勉強することになつたのであるが、父高一は当時原告が米国籍を有していたため原告が旅行に出るときにはいちいち警察当局に届けて、時には警察の人が動静を調査に来たりなどするので、原告には無断で原告名義で国籍回復許可申請手続をしたものであることを認めることができ、他にはこの認定を左右するに足る証拠はない。

然らば原告の本件国籍回復許可申請はその意思に基かないものであるから原告の申請としての効力を生じないことは明かであり、これに基いてなされた内務大臣の国籍回復許可もまたその前提を欠き無効であるから、原告は日本国籍を取得していないものである。

然るに被告は右国籍回復許可申請に基き原告が日本国籍を取得したものとして争つているのであるから日本国籍を有しないことの確認を求める原告の本訴請求は正当であり、これを認容すべきものである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 飯山悦治 荒木秀一 鈴木重信)

【参考】国籍回復許可の申請が本人の意思に基ずかなかつたことを理由に国籍不存在確認を認めた一事例

東京地方昭二九年(行)第一〇五号昭和三〇、三、四判決

原告 太田清

被告 国

代理人 鈴木伝治外一名

一、主文

原告が日本国籍を有しないことを確定する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事実〈省略〉

三、理由

原告が大正七年二月十二日にその主張の場所において日本人たる父大田幸一母同トミの間に生れ、日米両国籍を取得したが、昭和七年十月七日日本国籍を離脱し爾後米国籍のみとなつたこと、昭和十七年三月十四日付をもつて原告名義で原告の国籍回復許可申請がなされ、これに基いて同年五月二十一日内務大臣より国籍回復許可があり、原告は日本国籍を回復したものとして広島県佐伯郡石内村四千六百七十二番地に一家創立の旨戸籍簿に記載きれ、爾来日本国籍を有するものと取扱われていることは当事者間に争がない。

そこで右国籍回復許可の基となつた回復許可申請が原告の意思に基かないで行われたものであるかどうかについて考えるに、成立に争ない甲第六、第七、第九号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認め得る甲第四号証の一及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は昭和十三年五月父母兄弟と共に日本に渡来し、続いて翌年五月には父の牧場経営を手伝うため満洲国に渡つたが、昭和十六年十二月八日弟達と共に米国籍なるため満洲国興安北省索倫旗免渡河において日本の憲兵隊に抑留されたところ、原告の父幸一はこのことを深く心配し原告等を憲兵隊から釈放しようとする念慮から、抑留中の原告に何等はかることなく原告には無断で広島県佐伯郡石内村に当時住んでいた原告の叔父大田千代吉に原告の日本国籍回復許可申請手続をなすことを依頼したところ、同人は石内村の北田茂村長を通して原告名義で国籍回復許可申請をしたものであることを認めることができ他にはこの認定を左右するに足る証拠はない。

然らば原告の本件回復許可申請はその意思に基かないものであるから原告の申請としての効力を生じないことは明かであり、これに基いて為した内務大臣の国籍回復許可もまたその前提を欠き無効であるから、原告は日本国籍を取得していないものである。

然るに被告は右回復許可申請に基き原告が日本国籍を取得したものとして争つているのであるから日本国籍を有しないことの確認を求める原告の本訴請求は正当であり、これを認容すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 飯山悦治 荒木秀一 鈴木重信)

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